東海道五十三次とは

      2016/08/23

東海道五十三次さとりの旅

家康がつくり、広重が描いた「東海道五拾三次」
善財童子のさとりの旅、原点は奈良東大寺の経典にあり

家康公が名付け親

朝廷と幕府を結ぶ重要な幹線道路をつくり、「東海道五拾三次」と名付けたのは徳川家康です。この道は、家康公自らが信仰する奈良東大寺の華厳経(けごんきょう)の教えにのっとり、善財童子(ぜんざいどうじ)のさとりを求めて旅をする道になぞらえて設けられた街道でした。

 

安藤広重の傑作浮世絵集

一方、浮世絵集「東海道五拾三次」は、街道や宿場町を行き交う人々と風景を描いた安藤広重(歌川広重)の最高傑作として知られています。一連の作品は、広重が京に上る幕府の使節一行に随行した際に描いたスケッチをもとに制作されました。

 

日本最大規模の文化・歴史遺産

「東海道五拾三次」は、数々の名刹、旧跡、名所で知られる旧街道として、また世界に誇る広重の浮世絵アートとして、私たちが未来に残し、伝えるべき日本最大規模の文化・歴史遺産です。

当サイトは、広重の浮世絵の愛蔵版セットの販売だけでなく、さまざまな東海道五拾三次の情報や楽しみ方をご提案してまいります。

 

「東海道五拾三次」について、さらに詳しくはこちらへ

 

 - 東海道五十三次とは